2019年06月28日 - 未分類 2019年6月28日、岐阜市に来ています。台風一過のよい天気とはならず、照ったり曇ったり、また小雨がふったりといった天気です。湿度がすごく、蒸し風呂の中に入っているよう。母の実家を訪れた後、市内を散策。訪れた場所の一つが、岐阜大仏(正法寺)です。 こちらは、日本三大仏の一つで高さは14メートル弱で、奈良の大仏に次ぐ大きさですが、実はちょっと変った大仏です。金属ではなく、竹材で骨組みを組み、その上に和紙をはり、漆を塗った乾漆塑像なんです。岐阜大仏https://www.gifucvb.or.jp/sightseeing/detail_kankou.php?eid=00007うつむき加減で造られているので、大仏様の前に用意された椅子に座り、相対すると、包み込まれるような気分にさせられます。大きなものに抱かれ安心・安堵するといった感じです。大仏殿の中、大仏の両脇に設置されている五百羅漢を眺めていると、「看脚下(かんきゃっか)」との言葉が書かれていました。こちらのお寺は、中国から持ってきた豆をその名にちなんで隠元豆と名付けたことで知られる隠元禅師が開いた黄檗宗(おうばくしゅう)のお寺です。その教えの一つのよう。「足もとをしっかり見つめよ」。わかりやすい意味も書かれていました。この言葉は、お寺の玄関、手洗いなどでも見ることがある言葉で、それは文字通り、「足もとに気をつけて」とか「履き物をきちんとそろえなさい」という注意です。しかし、この言葉には深い意味、そして生まれたエピソードがあります。法話の窓《001 看脚下(かんきゃっか)》https://www.myoshinji.or.jp/houwa/archive/youth/001詳しくは上のリンク先を見て頂くとして、そこのお寺の方に教わったのは、自分がここまで来られたことを感謝する。そして今、立っている自分を見つめ、足らざる自分に気付く。そしてこれから先、進むべき先を見つける。そうした深い意味合いがあるとのこと。大きな光明を与えられた気持ちで、胸が一杯になりました。生きる力になる禅語posted with ヨメレバ横田南嶺/阿純章 致知出版社 2019年03月