何年も前ですが、男性一人が一生に飲める
酒の量はどれくらいという話になりました。
誰かが、医師の南雲吉則(なぐも・よしのり)氏が、
話していた数字を教えてくれました。
医学的な見地からいうと、人は肝臓でアルコールを
処理していますが、その能力はほぼ決まっていて、
そこから計算すると、一生の間に飲めるアルコールは、
男性の場合500kg、女性なら250kgと言われているんだそう。
細かい数字の根拠は忘れてしまったのですが、
トータルの数字は記憶に残っています。
もう少し小さい数字に直すと、身近になります。
大体、アルコールの量0.1kg=100グラムは、
ワインなら1本、日本酒なら4合びん1本、
ビールなら中びん4本。
この計算でいうと、
上記のどれかを毎日飲むとすると、
男性の場合14年、女性なら7年で
一生の量に到達してしまうのですね。
意外にも短い数字だったので
ちょっと驚きました。
これを聞いた時に思い出したのが、
食分(じきぶん)と命分(みょうぶん)という言葉です。
2018年9月13日の毎日新聞の余録に出ています。
《ある時、道元禅師は弟子に貪欲を戒めて言った。
「人々みな食分あり、命分あり」。食分は人が
一生に食べる物の総量。命分は寿命の長さ。
それらはあらかじめ決まっているから、より多く
求めてもむだだという》
さらにこのあと、面白いエピソードも紹介されています。
(「正法眼蔵随聞記」の中からと思われる。
参照、
http://kohgetsuji.justhpbs.jp/zuimonki.html)《ある僧があの世へ行くと閻魔大王が「こいつはまだ
命分があるから帰せ」と言う。すると冥界の役人は
「命分はあるが、食分は尽きている」。大王は「ならば
ハスの葉を食べさせよ」。生き返った僧はハスの葉で
余命をつないだ▼要は「衣食をむさぼるなかれ」だという。
人の寿命を食べる総量で表すのは中国から来た発想らしい。》
https://mainichi.jp/articles/20180913/ddm/001/070/138000cこれ小さい時に、言われました。
人は食べる量が決まっているのだから、
長生きするには、無駄にむさぼり食べては
いけないと。
曹洞宗、永平寺では食を特に大切にします。
道元禅師は食に対する金言である
「典座教訓」を残しています。
食事を作るのも食べるのも修行。
典座(てんぞ)が作る食事を
米粒や汁も残さぬよう、最後は
器に湯をかけ、沢庵でぬぐって食べ切ります。
わが家でこれと同時に
教えられたのが「背負い水」。
これは人が一生の間に使える水のこと。
これも浪費するとどんどん少なくなり、
短命に終わってしまう。
なので、節水しなさいと。
これは水に恵まれた地域に住んでいるか、
そうでないかには関係なく、人によって、
異なっているとのこと。
いくらお金を持っていても、
上の食分、背負い水が尽きれば
寿命も尽きる。
お金で神仏が与えた
食分、背負い水は買えないのですね。
あらためて食、水の大切さについての
教えを思い出した今朝でした。
曹洞宗大本山総持寺、
平成27年4月、今月の伝道標語
http://www.sojiji.jp/info/hyogo/1504.html