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「イチゴを取り尽くすな」の意味は? 「生飯(さば)」「ご恩送り」。

小さいころ、近所の庭のあるいとこの家は、
露地栽培のイチゴを育てていました。

一方、猫の額どころかネズミの額ほどしかなく、
そんなスペースがなかった我が家。

いとこから、朝、とれたてのイチゴが食卓にのぼり、
ガラスの器に盛ったイチゴにミルクをかけ、
イチゴ専用のスプーンでつぶしながら食べる
と聞いて、とてもとてもうらやましかったことを覚えています。

その記憶とセットになっているのが、
確か英語の教科書で習ったイチゴのエピソードと、
先生の話です。

英語のイチゴのエピソードは、
カリフォルニアのイチゴ狩りで働く季節労働者の話。

のちに作家の石川好さんが書かれ、大宅壮一賞を受賞された
ノンフィクション「ストロベリー・ロード」との作品がありますけれど、
それとは違って、教科書の方は厳しい労働の中での、
いたずらについてでした。

先生は、教科書の内容を説明した後、
イチゴにまつわる英語の「ことわざ」について話し始めました。

肝心の英語を思い出せないのですが、
日本語に訳した内容は、
「イチゴを取り尽くすな」というものでした。

みなさん、どんな意味だと思いますか?

先生の説明によれば、
野にあるイチゴは、一番先に見つけた者一人のものではない。
自分やその家族が食べる分をとったら、それ以上とらず、
後から来る人、(動物)のために残しておきなさいということだと。

日本でも、仏教の教えの影響か、
木守り柿という風習がありますね。

実がなった柿の木。
すべてを取り尽くさず、鳥のために残しておく。
それを木守り柿と呼ぶと。

上のイチゴの場合は、それにも似ていますが、
強欲を戒めたもので、後に続く人のことも思いやれと。

先生によれば、時間はさらに延び、
自分が、例えば、誰かに助けてもらったら、
それと同じことをできる環境を残しておく、
もしくは、同じことを後の人に返すのが、
助けてもらった人の義務でもあると。

最近、朝、イチゴを食べていて、ふいに思い出したのですけれど、
インターネットを検索しても出てこないし、
もしかして、自分の記憶が間違っていたかもしれない
と少し心配になっています。

けれどそれはそれとして、
「イチゴを取り尽くすな」。
自分の中でも気に入っているフレーズの1つです。

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